5月初旬から続いたライブの旅もひと息つき、久しぶりに数日のまとまった休みを過ごしている。移動が多かったせいか、体の芯から疲れているようで、とにかくひたすら眠り続けている。昼夜を分たず眠り、ふと目が覚める。旅の途中の大阪で買った本を少し読み、再び眠る。夕方目を覚まし、犬の散歩に出かけ、また眠る。そして夜中、再び目を覚ます。
今週末からアメリカ西海岸のツアーに出る。ロサンジェルス、エサレン、サンフランシスコでの演奏。眠りと目覚めを繰り返しながら、少しずつ身体と心がアメリカに向かってゆく。力を取り戻そうとしている。
『エレニの旅』という映画を観たのだった。ギリシアの監督、テオ・アンゲロプロスの最新作。アンゲロプロスの映画を観るのは久しぶりのこと。学生時代に『旅芸人の記録』を観て以来だった。
エレニはロシア革命からギリシア本国に逃れてきたギリシア人難民の孤児の少女で、映画は彼女の愛をめぐってギリシア内戦の終結までの約30年余りを描いている。エレニの30年は孤独に始まって、孤独に終わる。彼女の夫は戦争で死に、彼女の二人の子どもは内戦で死ぬ。映画は彼女の慟哭と静謐な川の流れの水面で終焉する。
彼女の夫は優れたアコーディオン奏者で、彼はバンドのメンバーとしてアメリカに渡る。エレニと子どもたちはギリシアに残り、彼はメンバーたちと船に乗り込む。エレニは牢獄に収監され、子どもたちは政府軍と反乱軍とに分かれて戦う。エレニは夫に手紙を書く。夫はエレニに手紙を書く。だが、愛の言葉は隔たり、寸断される。夫はアコーディオン奏者としてアメリカに渡り、アメリカ兵士として死を迎える。
彼は手紙を書く。激戦の沖縄から、最愛のエレニに手紙を書く。彼はそこで死ぬ。彼の最期の手紙が、映画のラストシーンで呼び起こされる。
昨夜、夢で君と二人、川のはじまりを探して山の奥深くへ行ったよ。いただきに小さな草むらがあり、君は緑の葉に手をさしのべ、葉から水がしたたり落ちた、地に降る涙のように。
残酷な生と美しい手紙。静かなフィルムに込められたあまりにも豊穣なパッション。情動。
素晴らしい映画を観た。
君は緑の葉に手をさしのべ、葉から水がしたたり落ちた、地に降る涙のように