Top

最新のトラックバック
『イリュミナシオン/冥王星』
from KARAの蝶 ~Love B..
白と赤と青の旅〜シャスタ..
from KARAの蝶 ~Love B..
シャスタツアーまで残り53日
from Love Body,Mind..
奇跡の音〜 メルマガ8月..
from Love Body,Mind..
長屋和哉ライブツアーwi..
from site TINGARA
癒し系か…おんがく
from 気紛れな心の声
千の熊野
from 屋上者の島へ
『すべての美しい闇のため..
from Sprit & Soul
すべての美しい闇のために
from Body,Mind & Sp..
以前の記事
2016年 12月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 05月
2015年 02月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 08月
2014年 06月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 11月
2004年 10月
2004年 09月
2004年 08月
2004年 07月
2004年 06月
2004年 05月
2004年 04月
カテゴリ
HP Link
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
<   2013年 12月 ( 1 )   > この月の画像一覧
生は死となり、死は生となる
山形の旧朝日村にある注連寺。
ここは、かつて作家の森敦が寝泊まりしていたお寺として知られている。それは、1951年のことだった。
僕がこのお寺を訪れた理由は、この希有な作家がどんな場所にいて、小説『月山』や『意味の変容』のアイデアを紡ぎだしたのかを知りたかったからである。
a0006822_23295528.jpg

今でこそ、注連寺にはご住職がいらしているが、森敦がたどり着いた当時、ここは荒みきった廃寺であった。
本堂の片隅に置かれていた即身仏は、無惨な保管状態のせいで今にも首が落ちそうだったという。
その廃寺で、森敦はひと冬を過ごした。豪雪地帯のこと、その寒さをしのぐため、彼は和紙で蚊帳のようなものを作り、その内部に籠った。

「任意の一点を中心とし、任意の半径を以て円周を描く。そうすると、円周を境界として、全体概念は二つの領域に分かたれる。境界はこの二つの領域のいずれかに属さねばならぬ。このとき、境界がそれに属せざるところの領域を内部といい、境界がそれに属するところの領域を外部という」

これは『意味の変容』に書かれている一節。
この廃寺での体験は、『月山』ではなく、むしろ『意味の変容』のほうにエッセンスが注がれていると思う。
厳冬の廃寺で、まるで光に満ちたマユの内部のような場所に生きながら、森敦はこう考えたかも知れない。
「もし、このマユの境界が外部に属するとすれば、マユそれ自身には境界が存在しないことになり、よって、マユはひとつの無限の空間となる」と。
そうして、マユは、その外側の世界と反転する。あるいは、同じ質量を帯びる。
内部は外部となり、外部は内部となる。
生は死となり、死は生となる。
思えば、森敦はカフカ的であり、『月山』に登場する月山そのものも、やはりカフカの『城』に登場する城のようではなかったか。

注連寺がある地域は、深い山の斜面地である。
数年前に襲った地滑りのため、お寺のある集落はすべて無人となった。
そこかしこに、廃墟となった家々が残されていた。
そして、注連寺にかつてあったという「森敦記念館」も、いまはもうない。
ここはかつて、廃仏毀釈の以前には、湯殿山信仰のとても重要な拠点であり、多くの修行者らで賑わったはずである。だがその賑わいは、ここにはもう跡形もない。
まるですべてが、消えてゆくようだ。
月山そのものが、ひとつの壮麗な夢であるように。
[PR]
by rhyme_naaga | 2013-12-02 23:30 | Naaga`s Voice