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カテゴリ:Naaga`s Voice( 45 )
カシュビ〜Kaszuby
『カシュビ〜Kaszuby』
昨秋、ポーランド北部の美しい湖水地方カシュビを訪れた際、美術館でのライブの後、主催の方が僕をホームパーティに招いてくれた。
カシュビは、ポーランド先住系の人々が暮らす地域で、言語もポーランド語と異なっている。そのため、道路標識などもポーランド語とカシュビ語の二重表記となっている。
そのホームパーティである女性が、カシュビの古い歌を聴きたい、という僕の願いに応えてくれたのだった。
美しい歌だった。
しかし、それは悲しい歌でもあった。多くの東欧の歌がそうであるように。東欧の歌の、この美しい悲しみは一体どこから来るのだろう。
僕は、その歌を手持ちのiPhoneで録音し、そして1年以上が経って、ようやくそれを編曲し、ひとつの曲にすることができた。

写真もすべてiPhoneで簡単に撮ったものばかりだし、そもそも僕は写真を撮る習慣がないから、あまり良い写真もないが、ともあれ何枚かの写真を記憶として収録しておいた。
どうか、もしよろしかったら、お聴きください。
日本人の多くがほとんど知らない場所。美しい湖と森と、そしてやっぱり美しい歌が湖水を霧のように流れてゆくひそやかな大地。カシュビの歌。

"Kaszuby"
Recorded Kaszubian folk song last autumn and arranged it to this ambient track "Kaszuby".
This track is dedicated to my friends who were with me when I recoreded the song in Kaszuby.
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by rhyme_naaga | 2016-12-15 22:53 | Naaga`s Voice
仔猫のこと②
外で生まれた仔猫は、母猫にネグレクトされ、寒い冬の夜を我が家の楽器倉庫で過ごすようになったが、僕たちは彼女に去勢手術を受けさせ、何本かの注射を受けさせた。
しかし彼女と家の中で一緒に暮らせるようになるためには、先住猫との相性もあるし、何よりも彼女が猫エイズと猫白血病のキャリアでないことが前提となる。先住猫はキャリアではないから、もし彼女がキャリアであった場合、2匹を一緒にすることはつまり先住猫の生命にも深い影響を与えてしまうことになるからだ。
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先週のこと、獣医のもとへ彼女を連れていった。
お腹の虫下しの注射をしてもらった後、彼女がキャリアであるかどうかの検査をしてもらった。
「15分くらいで結果がわかるから、待ってて」
と言われ、彼女を入れたバスケットケースを抱えて、待合室で待つその15分はとても長かった。彼女はその中で、ずっと鳴いていた。もし彼女がキャリアであったなら、僕たちは彼女をもう一度、外の世界へ明け渡さなければならない。それしか選択肢はないが、僕にはそれをする自信がなかった。
やがて診察室にもう一度、呼ばれ、バスケットケースで鳴き続ける彼女と一緒に入っていくと、
「エイズの白血病も陰性だよ。オールクリア」
と言われた。その時の安堵と喜びの大きさといったらなかった。
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そして、もうひとつの課題である先住猫との相性も、僕はずいぶん心配したのだが、わずか1時間もしないうちに彼は幼い彼女をすっかり受け入れてくれた。我が家の2頭の心優しい犬たちは、仔猫の彼女を気遣ってくれた。
一般論としての動物たちのことは、僕にはよくわからない。
しかし、僕が接してきた動物たち、僕が愛した動物たちはただのひとつの例外もなく、みな心から優しかった。彼らはみなスイートだった。
彼らは純粋な贈与のように、僕たちの世界の片隅に生きている。
しかし、その片隅はむしろ中心である。そこから、僕たちはかけがえのない愛情と経験と、そして他者のために生きる学びを得ることができるのだから。
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by rhyme_naaga | 2016-04-23 23:10 | Naaga`s Voice
仔猫のこと
八ヶ岳の12月、いよいよ厳しい冬になろうとする頃、生まれてまだ3ヶ月ほどの仔猫が体じゅうを泥のようなもので汚し、寒そうに体を震わせていた。
僕の家の周囲には、何匹かののら猫君たちが暮らしていて、その仔猫はお母さん猫と一緒に、僕たちが家の外に用意しておいた箱の中で暮らしていたのだが、その仔猫が体を汚してどこかから帰ってきたため、お母さん猫は仔猫を威嚇し、近寄ろうとする仔猫を牙を剥くようになった。
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その姿がとても可哀想で、僕たちは楽器倉庫にベッドを作り、そこで仔猫が暖かく過ごせるようにして、招き入れた。
我が家には先住猫のミント君がいるため、簡単に家の中まで入れることはできないが、楽器倉庫だったら問題ないし、冬の屋外とは比べものにならないくらい暖かいから、仔猫はそれ以来、そこで夜を過ごすようになり、いつしか仔猫の家となった。
それから3ヶ月と少し、仔猫は成長し、やがて女の子であることがわかった。
僕たちは彼女を家に迎え入れ、我が家の2匹めの家猫になってもらおうと思って獣医のもとへ連れていった。いくつかの検査と注射、そして手術が彼女を待っていた。そして、それはさらにまだ続く。

それらの施術は、もちろん彼女のために為そうと思ったことだ。
だが、僕に確信が持てない。その小さな可愛い命は、外でそのまま生きていたほうが幸せだったろうか、と思う。
何本かの注射、触診、そして去勢手術。
そのたびに、彼女は僕たちの腕に抱きかかえられ、車に乗せられ、診察台に載せられる。僕たちは精一杯、彼女に声をかけつづける。彼女が不安にならないように。彼女が孤独にならないように。彼女が怯えないように。
そして、その小さな命は、それらの試練をすべて乗り越え、いま、僕の膝の上で静かに目を閉じ、眠りつづけている。
よく頑張ったね、と思う。
でも、僕にはやっぱり確信が持てないのだ。その小さな命は、果たしてこれで本当に幸福なのだろうか。僕は何かとても大きな間違いをして、彼女を苦しめているのではないだろうか。
あまりに小さ過ぎて、あまりに弱くて、僕たち人間にはとうてい逆らうことができないその小さな命を、僕はひどく傷つけてしまったのではないだろうか。

その仔猫のささやかな寝息。折れてしまいそうなほど小さな手。僕の手の中の生命。
もしまた同じ選択をする時が来ても、きっと僕は同じことをすると思う。しかし、やっぱり心の底ではわからないままである。
ごめんね、と思う。
何度も何度も、仔猫にごめんねを言いながら、僕はまた獣医のもとへ彼女を抱きかかえていくのだと思う。彼女の命の行方を変えてしまった悲しみのようなものも一緒に抱えて。
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by rhyme_naaga | 2016-04-16 22:29 | Naaga`s Voice
犬を愛する理由
犬たちとの暮らしの中で、僕が彼らを尊敬し愛してやまない理由は、彼らが持っている信頼の力にある。
彼らはつねに僕を信頼してくれる。それは彼らの全身全霊を込めた信頼であり、愛情である。その揺るぎない力に、僕はいつも心が震える。それは文字通り毎日のことで、僕は彼らを毎日、感謝を込めて抱きしめる。
なんて美しい生命なんだろう、と思う。
他者に対する溢れるような信頼を、彼らはどうやって獲得できたのだろう、と考える。
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人類と共通の祖先を持つ類人猿には、オラウータンやゴリラやチンパンジーがいるが、その他チンパンジーによく似たボノボという種が存在している。ボノボは見かけ上ほとんどチンパンジーと変わらないのだが、集団的な性格はほとんど正反対で、チンパンジーの社会は男性優位で権力闘争の果ての殺戮、戦争、レイプが発生することがあるが、ボノボの社会は女性優位であり、抗争は年長のメスによって調停され、回避される。
この二つの社会は対照的だが、チンパンジーとボノボのDNAの違いはほんのわずかであるらしい。そして、人類との比較でいえば、「チンパンジーと人類の差」と「ボノボと人類の差」は変わらない。比喩的に言い換えれば、戦闘的な社会と人類との距離は、平和的な社会と人類との距離と変わらない、ということでもある。
いわば、人類は戦闘と平和とを同じように手にしているのである。
例えば、帝国末期としてのアメリカ大統領選を見ると、その戦闘性によってポピュリズムを握ったトランプと、貧富の格差の解消を通じてあらゆる人々に安心して生きる権利を与えようとするバーニー・サンダースとの対比は、まるでこれら対照的な二つの社会を見るようである。僕の知人はこの構図を「まるで指輪物語のようだ」と評したが、言い得て妙である。

犬たちの人間に対する信頼は無条件に深く、それは僕たち人間には到底、到達しえない深度であるかのようだ。
ただ、僕たちの近縁であるボノボの社会はそれを実現しているし、友愛の理念は紀元前の時代からそれを獲得してこようとしてきた。いわば、僕たち人類は戦闘と平和の間に立ち続けてきたわけである。
そして、犬たちは、僕たちの中のもっとも崇高な部分を映し出す鏡である。
その鏡には、信頼が映っている。
そして、友愛が映っている。
愛情が映り、委ねることが映っている。
愛すべき美しい生命。
犬たち。
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by rhyme_naaga | 2016-03-24 23:21 | Naaga`s Voice
美について
古いデータを整理していたら、およそ10年ほど前、知人に依頼されて書いた詩が見つかった。
テーマは「美」について。
もしよろしかったら、どうかお読みください。

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美について

きみは
尽きることのない海から生まれ
踏みしめられた銀色の雪に
かつて
歓びの声をあげたのだ
人生はその歓びのすべてだと
陽光に満ちた午後の食卓で
祖母に教えられたのだ

きみは
思い出すことができるだろうか
あでやかな花にも似た
賑やかな午後の樹の下で
きみの生が祝福され
きみの名が決められた
夏の午後を
きみは
一編の詩の行間にこぼれた
海のような空白に
生を受けたのだ

きみの名は
すべての祝福と歓喜のなかで
召喚された
初めての夏の午後に
父はきみの名を呼び
そして母は
さらに名を呼んだ
きみは世界の無垢よりも無垢で
世界の美よりも
さらに美であった

ひとときも絶えることなく
きみとともに歩いてきたのだ
初めての夏の午後
きみはそうして歩きはじめたのだ
父がきみの名を呼び
母がさらに呼んだ
眩い夏の午後から

長屋和哉 2007年初夏
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by rhyme_naaga | 2016-02-10 21:48 | Naaga`s Voice
音楽の夢
2015年最後の夜、音楽の夢をみた。
僕はその夢のなかで、音楽を作っていた。シンセサイザーかピアノらしきものを弾きながら、和音の流れを作っていた。最初に僕が奏でた和音はEm(イーマイナー=ミ短調)で、それがやがてE♭m(イーフラットマイナー=ミ♭短調)に転調されるような流れの音楽を作っていたのだ。
そこへ、見知らぬ男がやって来て、僕にこう言った。
「Emは、過去における死を意味している」と。
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Emとは、ミの音をベースに作られる悲しげな響きの和音である。その男は、それが「過去に起こった誰かの死」の意味なのだ、と言ったのだ。
すると、そこになぜか、三島由紀夫が突然あらわれて、彼に続けてこう言った。
「E♭mは、未来の死を意味する」
と。つまり、僕が作っていた音楽の流れは「過去における誰かの死が、未来における誰かの死になる」という意味を持っている、と夢のなかの三島由紀夫は言ったのである。
僕はそこで考え込んでしまった。もちろん夢のなかでのこと。
過去において起きた死が、未来に起こるであろう死に転換されるようなことは、果たして「あり得る」のだろうか?
もしそれがあり得るとすれば、過去における死は未来に繰り返される運命にあり、死の一回性、つまりその「出来事性」は失われてしまう。それは同時に、時間の一回性が失われることであり、たとえば僕たちの宇宙の時間の始まりとしてのビッグバンという特異点も失われることを意味している。
だから、もし夢のなかの三島由紀夫が言ったことが本当であるならば、世界は永遠に時間を失っている、ということである。
永遠に時間を失っているとは、つまり、死は永遠に死そのものを繰り返し、生もまた永遠にそれ自体を繰り返す、ということであり、それはニーチェの「永劫回帰」を思わせる。あるいは、ひとつの「輪廻転生」のモデルなのだろうか。

そのあたりのどこかで、僕は目を覚ます。
そして深く考え込む。
三島由紀夫の『豊穣の海』は輪廻転生をめぐる小説だが、そこでは大乗仏教の唯識をベースにした輪廻転生が語られている。
それは大乗仏教であるから、「空性」はその哲学の大前提であり、あらゆる存在は「空」として捉えられている。つまり、輪廻転生する主体=魂は、それ自体として存在しないのである。
しかし、輪廻はするのだ。
では何が輪廻するのか?
唯識では、輪廻するものは「阿頼耶識」という働きそのものであり、それは主体を持たない。つまり、「働き」という述語しか存在しないのである。
ここに至って、僕たちの思考はひどく厄介な問題を抱え込んでしまうことになる。なぜなら、人間の思考=言語は主語なしには作動しないようにできているからだ。

2015年最後の日、僕はいつものように犬たちを散歩へ連れていった。
しかし、歩きながら考えていたのは唯識のことではなく、なぜ、Emが過去における死を意味している、なんて夢のなかの男は言ったのだろう、ということだった。
夢のなかで、僕たちは表象=シニフィアンの連鎖を体験する。
Emと、過去における死には、果たしてどのようなつながりがあるのだろうか。それらを結びつける情動はなんだろうか。
そして、音楽は意味から自由になることはできるのだろうか。
よく晴れた冬の空。
風は冷たく、樹々は凍え、犬たちは森を駆けてゆく。
僕は大声で、彼らを呼ぶ。
犬たちは美しい。その彼らの眼に、大きな冬の空が映っている。
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by rhyme_naaga | 2016-01-10 23:56 | Naaga`s Voice
カシュビ、ポーランドの友人~2015ヨーロッパ③
ポーランドの北部、カシュビ地方で友人のポーランド人と落ち合った。
彼はドイツとの国境に近い街に住んでいるが、この湖と森の地に憧れて、土地を買い、家を建てようとしていた。彼の土地は森に拓かれた原野の丘にあり、そこから麦畑が見下ろせた。それは、美しい土地だった。
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彼は、以前からカシュビについて話してくれていた。そこに点在する湖はほとんど手つかずで、神秘的だった。森は深く、透明だった。そして、その森の中を、廃線になった鉄道の線路がなかば落ち葉と腐葉土に埋もれて、木立の中へと消えていた。それはベルリンとグダニスクという軍港を結んでいた線路で、この土地が戦前はドイツ領だったことの痕跡でもあった。ヨーロッパの紛争史において、ポーランドはドイツとソ連という大国に挟まれ、侵略され、虐殺され、貶められてきた。ドイツはカシュビを領土とし、ソ連はポーランドに侵攻し、そしてポーランドという国名はその頃、消えた。ワルシャワは蜂起し、ドイツに破壊された。ゲットーのユダヤ人たちは殺戮された。
しかし、カシュビの森に残ったのは、腐葉土になかば埋もれたその線路の廃墟だけだった。
湖はどこまでも透明で、そして冷徹だった。それは人の歴史も営みも、あらゆるものを飲み込んで、静謐だった。森は果てしなく、ロシアの大地まで続いているようだった。

そして友人は、湖についてのもうひとつの話を僕に語ってくれた。
それは彼がかつて一緒に暮らしていた犬のことだった。
その犬は、黒いラブラドールだった。ほとんどすべてのラブラドールが、あるいは犬たちのすべてがとても聡明で、友情と信頼にあふれ、人間にとって最良の親友であるように、そのラブラドールも彼の最高の親友だった。彼らは魂によって結ばれ、お互いを愛し、お互いを必要としていた。彼らは最高のペアであり、深く理解しあっていた。
ラブラドールは、まだ若かった。しかしある時、致命的な病を患った。
彼の親友は獣医によって、余命数ヶ月もないことを宣言された。そして、このまま病が進行すれば、親友は全身を激痛に苛まれ、その苦痛のなかで死んでゆくことになるのだと言われた。
彼は、そして獣医も、ラブラドールを安楽死させることを考えた。それ以外に、親友を苦痛から救う道は残されていなかった。
彼は親友の命の「終わらせ方」について考えた。それは獣医の手による一本の注射器によってなされるべきだろうか。彼は別の可能性についても考えた。そうして思いついたのが、親友を湖へ連れていき、最期の水泳を楽しませた後に、そのまま、湖の水によって終わらせることだった。
親友はなんといってもラブラドールだったから、泳ぐことがとても好きだったのだ。

彼は車に親友を乗せ、湖へ出かけた。最後のドライブだった。
彼はまず自分が湖に腰の深さまで入り、そこで親友を呼んだ。親友は嬉しそうだった。とても華やかな顔をしていた。そうして病に冒された体で、彼のもとまで泳いできた。親友は笑っていた。彼は、抱き寄せた。親友は、彼にしがみついた。大好きな湖の中で。
彼はすべてを終わらせようと思った。親友の苦痛を取り除き、この穏やかで透明な水の中に彼の生命を解き放とうと思った。しかし、彼の手は親友を抱きしめるばかりで、その命を取り除くことはできなかった。
彼の手には、愛情だけしかなかったし、その愛情は与えるだけで、奪うことに使われたことは一度としてなかったのだった。彼の手は親友を慰撫し、彼の指は親友を愛した。
湖の中で、彼はただ親友を抱きしめた。涙がこぼれ続けた。ここから先へ進むことはできなかったし、何ひとつ後戻りすることもなかった。彼はただ湖の中で立ちすくみ、親友を抱きしめ、親友を愛する以外にできることは何ひとつなく、たくさんの涙を流し続けた。親友は痛み、その痛みの理由すらわからず、まもなく終わる命の最後の灯火の中で、彼と抱き合った。
「ごめんよ」彼は親友に語りかけた。
彼は親友を抱きしめたまま、湖から岸に歩いた。親友を車に乗せ、湖をあとにした。彼には、終わらせることなどできなかった。彼は親友と一緒に街に戻り、獣医のもとへ行った。

その彼と、湖へ行ったのだった。
その湖が、彼が親友と一緒に行った湖だったかどうかは聞かなかった。僕たちは湖で話をした。まだ9月なのに湖を渡る風は晩秋のように冷たく、湖面は透明に冴えていた。
カシュビ。2015年9月中旬。
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by rhyme_naaga | 2015-10-28 22:40 | Naaga`s Voice
ポーランドのストーンサークル~2015ヨーロッパ②
ワルシャワから地方の街を経由して、バルト海沿岸部の地域であるカシュビ地方へ移動した。
カシュビにはビトワというさらに小さな街があり、そこからさらに森の奥へ車で移動する。カシュビには多くの湖があり、それらを針葉樹と白樺の森が取り囲んでいる美しい地方で、まるで古代の東ヨーロッパの森がそのまま残されてしまったような、古代的、あるいは中世的な原野である。
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ビトワの中心部には、中世、キリスト教僧兵の城塞の廃墟があり、カシュビ地方を治めていた。このカシュビの森の中に、美術館が新しく造られ、僕はそこでの演奏のために赴いたのである。
カシュビ地方の美しさは、例えば、タルコフスキーの映画『ノスタルジア』に現れる主人公の故郷、ロシアの森のような美しさである。
緩やかなこう配の原野が湖に向かって沈もうと傾き、静寂の霧の中であらゆるものが息をひそめている。馬たちが白い息を吐きながら押し黙っている。白樺の森が人を寄せつけぬ神秘に凛然と存在し、ただユーラシアの北へと広がっている。あらゆるものは、ここまで来てその森に消える。鏡のような湖はすべてを拒絶して、さらに美しい。
そのカシュビ地方に、ストーンサークルがある。
湖のほとり、小高い丘の麓から頂上にかけて、いくつものストーンサークルが点在し、それらの合間を縫うように盛土の墓がある。一体誰が、いつの時代にストーンサークルを造ったのか大きな興味を覚えて、そこまで連れていってもらった。
ストーンサークル自体はそれほど大きなものでないが、それは整然と配置され、なおかついくつものそれが丘全体を覆っている。アメリカインディアンのダンサーがここに来て陶然とし、熱狂して夜通し踊っていたのだとポーランドの知人が教えてくれた。
彼が言うには、これらを造ったのはスカンジナビア半島からやってきたゴート人たちだということだった。
ただ、この「野蛮」なゲルマン、ゴート人がスカンジナビア半島の出身であることは現在では疑問視されている。いずれにしても、ゴート人たちはかつてこのポーランド、バルト海沿岸部あたりに跋扈し、やがて黒海のほうへ移動していった。
しかし、本当にゴート人たちがこのストーンサークルを造ったのだろうか。
例えば、ヨーロッパの代表的なストーンサークルであるブリテン島のストーンヘンジは、ケルト系の人によって造られたという説があるが、ケルトがヨーロッパに流入してくるのはストーンヘンジが造られた時代よりもはるかに新しいはずである。ストーンヘンジとケルトが深く関係あるとすれば、それは、ケルトがブリテン島にやってきた時、「すでにそこに存在していた」ストーンヘンジを祭祀に利用したからではないだろうか。
ストーンヘンジ、あるいはストーンサークルの出自はおそらく、とてつもなく古い時代に起源しているように思われる。ケルトは、ゲルマンがヨーロッパにやってきた時にはすでにそこに存在していたが、そのケルトにしてもインド・ヨーロッパ語族の圏内にあり、じつは大差はないのではないだろうか。ストーンサークルは、そのケルトよりさらに古い時代にやってきた「まったく別種」の人たちによって造られたような気がする。
例えば、スペインのバスク。
彼らのバスク語は、他のヨーロッパの言語とはまったく異なったシステムを持った異邦の言葉である。そのバスクの先祖は、果たして誰なのか。バスクはどのようにヨーロッパに来たり、どのような異邦の神、異邦の文明を宿していたのか。
バスクとは、一体誰なのか。
ストーンサークルは、ポーランドのものに限らず、ヨーロッパに偏在している。しかしその起源は、僕にはバスクの源流にあるように思われて仕方がない。かつてケルトやゲルマンが流入してくる以前、ヨーロッパに偏在していた人々。彼らの文明。彼らの祭祀。エクスタシー。死。それが巨石文明としてのストーンサークルに繋がっているような気がする。
そして、もうひとつ。
小規模ながら、ストーンサークルは日本にも存在する。東北地方のストーンサークルがもっとも有名だが、縄文時代のストーンサークルは紀伊半島にもかつて存在していた。
それらは、一体誰が造ったのだろうか。縄文人とひと言で片付けるわけにはいかない。そこにはすでに多様な民族のタペストリーがあり、その織りなす糸の流れは、ユーラシアの一体どこまで延びているのか。
シベリアの、モンゴル平原の、あるいは満州の。
それとも、ストーンサークルはユングが仮説した「集合無意識」の表出なのだろうか。
その巨石文化は、人類の無意識に深く関わり、人類が人類であるためのひとつの条件のようなものであったのだろうか。
巨石文化と人類の精神は、果たして繋がっているのだろうか。
夢の中で、あなたは巨石と結ばれているだろうか。
一体それは、何だろうか?
カシュビ。2015年中旬
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by rhyme_naaga | 2015-10-24 21:40 | Naaga`s Voice
冷たい社会と、熱い社会~2015ヨーロッパ①
ポーランドのいくつかの街と田園、そしてハンガリーのブタペストでのアーティストレジデンシーを経て、オランダのハーグに移動した。
ハーグは落ち着いた街だった。人々は、犬を連れて穏やかな日差しの中を歩いている。カフェでは、子犬が店内をリードなしで歩きまわり、猫が椅子の上でまどろんでいる。人々は何かお互いの距離のようなものを粛々と保ち、まるで春の午睡が醒めやらぬまま生活を送っているかのようだった。
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街を包むそんな穏やかな空気が好きになり、知人のオランダ人にそのことを告げると、彼は「でも僕はオランダをあまり好きではないな。ここの人は冷たいんだ」と言った。
彼はブダペストに暮らすアーティストで、今回僕が一緒にステージを作った相手だった。彼は4Dサウンドシステムという立体的な音響システムとソフトウェアの開発者である。
彼はブダペストがとても好きだとも言った。
「ブダペストでは、オランダでは感じないものを感じることができる。それは人々の体温のようなもの、あるいはリアルな感触のようなものだ」
彼が言う意味はわかるような気がした。言葉ではうまく説明できないかも知れないが、少なくともそれは僕がブダペストにいて肌で感じたことでもあった。
オランダの街はとても平和な感触で、過ごしやすい。ブダペストからハーグに移動してきて、僕は心の底からゆったりすることができている自分を発見した。それは、僕が日本という良くも悪くも均質で、透明な社会に生まれ育ったせいかも知れないし、あるいは僕の年齢のせいかも知れない。僕がもしもっと若かったら、この街は平凡で刺激のないつまらない街だと思い、むしろブダペストを熱烈に好きになったかも知れない。
いずれにしても、ブダペストとハーグには大きな隔たりがあり、大きなギャップがあり、そして画然たる熱の差があった。

その熱とは、人と人とが肌を擦り合せ、摩擦を起こし、涙を流すことである。血を流し、声を上げ、歌うことである。恋の歌と、故郷の歌と、国家の歌。母の歌と、失意の歌と、悲しみの歌。人は他者を愛し、他者を憎む。他者を傷つけ、他者を慰める。他者を貶め、他者を救済する。他者の呼吸をその肌で感じ、撥ねつけ、引き寄せる。両腕で抱きしめ、その腕の中で、おまえと俺とが他者同士ではなく、ひとつになれたらどんなに素晴らしいかと涙を流す。そして果てしないキスの中で、世界は崩落する。そして世界は憎しみに満ち、同じ質量の愛情に満ちる。

ブダペスト南駅。
シリアなどから流入する難民にあふれていると聞いていたその駅に、難民は一人もいなかった。すでに国境は封鎖され、難民たちは別ルートを通ってドイツを目指していた。
僕が投宿していたブダペスト市のレジデンシーは、その南駅から数駅先の倉庫街のようなところで、あたりにはロマ(ジプシー)たちのパブがあった。
夜、部屋の窓から外を眺めていると、近東からの難民らしき集団の人影が外を通り過ぎていった。
「難民が歩いているのを見たよ」翌朝、同じレジデンシーに長く住んでいるハンガリー人のアーティストにそう言うと、彼は、
「いや、たぶん違うな。彼らはロマだよ。このあたりには多いんだ」と言った。
次の夜も、やはり彼らは僕の窓辺を通り過ぎていった。
しかし今度は、もっと小さな集団だった。男女の大人が二人。そして、子供が三人の明らかに家族らしき人影たちだった。彼らは黙々と歩いていた。ただ、子供の一人だけがわずかにスキップするように軽やかに歩いていた。夜が彼らを包み、街灯が彼らの影を、夜よりも暗くて長い影を作っていた。
彼らはこちらから来て、あちらへと歩いていく。夜の闇の中を、移動してゆく。真夜中の午前1時。彼らはなぜ歩いてゆくのか。子供たちはなぜ、闇の中を歩くのか。彼らは真冬の街もこうして歩くのだろうか。彼らは一体どこから来て、どこへ行こうとしているのか。
ブダペストは熱い街である。
長旅の供に持ってきた三島由紀夫の『豊穣の海』が、読みかけのままベッドに放ってある。
冷たい社会ではもはやとうに力を失ってしまった文学。日本や、あるいはオランダもそうかも知れない。
しかし、もし文学というものがまだ熱を持っているとしたら、それは間違いなくあのロマたちとともにあるだろう。夜の闇を歩く彼らの中にあるだろう。あの少年がやがて大人になり、もしペンを握るとしたら、彼は一体どんな小説を書くだろう。破壊的な力を持つテキスト。すべての世界と、たった一人の愛情を拮抗させてしまうような恐るべきテキスト。
僕はあの少年の中に、一人の作家を見る思いがした。文学はあの少年とともにあるべきだ。
闇の中の少年。暗く冷たいアスファルトからほとばしる熱。
ブダペスト。2015年9月中旬。
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by rhyme_naaga | 2015-10-16 00:02 | Naaga`s Voice
良心の領界
故郷の山、その奥にある滝を訪れた。
あらゆるものが凍てつくなかで、滝の水だけが音を立てて落ち続けていた。さらに山深くへ行けば、その水もすべて凍り、聞こえる音はもはや何ひとつないのだと、ご案内くださった方がおっしゃっていた。
美しい滝。
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批評家スーザン・ソンタグは、『良心の領界』という本の序文で、以下のように書いている。
もうずいぶん以前に読み、しかしいまだ忘れることのできない言葉たち。
先月、講義の最後に、学生たちに読んでもらった。
彼女たちの誰か、たとえたった一人でもいいから、それらの言葉に静かな感動を覚える人がいてくれることを願って。
まだ年若い彼女たちが、まもなく社会人となって、やがて来るべき苦難や歓びや悲しみに遭遇した時、それらの言葉がもしかしたら、彼女たちの瑞々しい生命と心を、ほんのわずかでも支えてくれるかも知れない、と心から願って。
彼女たち、素敵な学生たちのことを、その滝で思い出していた。

*****

若い読者へのアドバイス…
(これは、ずっと自分自身に言いきかせているアドバイスでもある)
人の生き方はその人の心の傾注(アテンション)がいかに形成され、また歪められてきたかの軌跡です。注意力(アテンション)の形成は教育の、 また文化そのもののまごうかたなきあらわれです。人はつねに成長します。注意力を増大させ高めるものは、人が異質なものごとに対して示す礼節です。新しい 刺激を受けとめること、挑戦を受けることに一生懸命になってください。
検閲を警戒すること。しかし忘れないこと——社会においても個々人の生活においてももっとも強力で深層にひそむ検閲は、自己検閲です。
本をたくさん読んでください。本には何か大きなもの、歓喜を呼び起こすもの、あるいは自分を深めてくれるものが詰まっています。その期待を持続すること。二度読む価値のない本は、読む価値はありません(ちなみに、これは映画についても言えることです)。
言語のスラム街に沈み込まないよう気をつけること。
言葉が指し示す具体的な、生きられた現実を想像するよう努力してください。たとえば、「戦争」というような言葉。
自分自身について、あるいは自分が欲すること、必要とすること、失望していることについて考えるのは、なるべくしないこと。自分についてはまったく、または、少なくとももてる時間のうち半分は、考えないこと。
動き回ってください。旅をすること。しばらくのあいだ、よその国に住むこと。けっして旅することをやめないこと。もしはるか遠くまで行くこと ができないなら、その場合は、自分自身を脱却できる場所により深く入り込んでいくこと。時間は消えていくものだとしても、場所はいつでもそこにあります。 場所が時間の埋めあわせをしてくれます。たとえば、庭は、過去はもはや重荷ではないという感情を呼び覚ましてくれます。
この社会では商業が支配的な活動に、金儲けが支配的な基礎になっています。商業に対抗する、あるいは商業を意に介さない思想と実践的な行動の ための場所を維持するようにしてください。みずから欲するなら、私たちひとりひとりは、小さなかたちではあれ、この社会の浅薄で心が欠如したものごとに対 して拮抗する力になることができます。
暴力を嫌悪すること。国家の虚飾と自己愛を嫌悪すること。
少なくとも一日一回は、もし自分が、旅券を持たず、冷蔵庫と電話のある住居をもたないでこの地球上に生き、飛行機に一度も乗ったことのない、膨大で圧倒的な数の人々の一員だったら、と想像してみてください。
自国の政府のあらゆる主張にきわめて懐疑的であるべきです。ほかの諸国の政府に対しても、同じように懐疑的であること。
恐れないことは難しいことです。ならば、いまよりは恐れを軽減すること。 自分の感情を押し殺すためでないかぎりは、おおいに笑うのは良いことです。
他者に庇護されたり、見下されたりする、そういう関係を許してはなりません——女性の場合は、いまも今後も一生をつうじてそういうことがあり得ます。屈辱をはねのけること。卑劣な男は叱りつけてやりなさい。
傾注すること。注意を向ける、それがすべての核心です。眼前にあることをできるかぎり自分のなかに取り込むこと。そして、自分に課された何ら かの義務のしんどさに負け、みずからの生を狭めてはなりません。 傾注は生命力です。それはあなたと他者とをつなぐものです。それはあなたを生き生きとさせます。いつまでも生き生きとしていてください。
良心の領界を守ってください……。
2004年2月
スーザン・ソンタグ
『良心の領界』
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by rhyme_naaga | 2015-02-22 00:47 | Naaga`s Voice