成田〜バリ島の便が遅れて、デンパサールに着いたのは午後11時をまわってからだった。空港では知り合いの方が待っていてくれ、その人と一緒にサヌールへ行く。
サヌールにはその方の御自宅があるのだが、別棟の2階に設けられたテラスでぼんやりしていると、なんだか光る玉のようなものが屋根のあたりをふらふらと漂っている。あれ、と思っていると、それはふっと掻き消えてしまった。
で、その夜はその別棟のゲストルームに泊らせていただいたのだが、明け方、妙に鮮やかな夢を視て、眼が覚めた。
黄色い僧衣の僧侶たちが水嵩の増した海で泳いでいる。それはそれは凄まじい水嵩で、バリ島はほとんど水没しかけている。海岸に近い集落はすでに水底で、だが、不思議に透き通った水の中で、あらゆる家々は被害をまったく受けないまま、ただ水の底に静かに佇んでいる。僧侶たちはなぜだか嬉しそうで、この透き通った洪水の中で泳ぐのが無性に楽しいというように、僧衣のまま水に潜り、顔を出し、そうしてふたたび潜る。彼らの姿はまるでイルカのようでもある。
気がつくと、僕自身が水底に立っている。僕は僧侶のひとりに声をかけた。
「ここはどこなんですか?」
すると、僧侶がとても美しい英語で、こう答える。
「the temple of crystal」
水晶の寺院。
だが、寺院などどこにも見当たらない。水晶も見えない。僕はなぜかわからないけど、水晶の場所に見当をつけて、泳ぎ出す。僧侶たちが泳ぎまわっている。
「It`s the temple of crystal」
僧侶の声が耳に届いてくる。
眼が覚めて、朝食を食べながら、僕はその話をした。
「ウルワトゥ寺院の断崖の下には、水晶が埋まっているんだって」と家人が僕に話してくれた。「ウルワトゥの海岸では水晶を拾うこともできるんだよ。でも長屋さんはそんな夢をよく見るの?」
僕は笑う。「いや、普段は煩悩の夢ばっかりですね。煩悩だらけですから」
家人も笑う。
「南のほうに来ると奇妙なことがあるんですよ」僕は続けた。「沖縄とか、バリとか」
そして、八ヶ岳。
帰ってくると、雪が積もっていた。
青空の天蓋に、八ヶ岳の主峰、白い神のような赤岳が突き刺さっていた。