欧州から帰国した。
時差ぼけでぼんやりする暇もなく、田んぼの雑草取り、畑と庭のケアを始めた。
僕が不在だったおよそ1ヶ月半、田んぼのケアは仲間たちがしっかりとやっていてくれた。仲間のありがたみを切に感じた。
田んぼの雑草取りでは、おもにヒエと呼ばれる稲ととてもよく似た雑草を取るのだが、これがかなり大変で、仲間6人が300坪の田んぼにいっせいに取りかかっても、まる一日はかかる。昨年は、あまりの暑さに仲間の一人が熱中症にかかり、他にも一人が病院へ点滴を受けに行った。そんな事情を考慮して、今回は午前中だけで作業を終え、残りはまだ後日やることにした。中腰のまま、田んぼのぬかるみの中を雑草を取りながら進んでゆくのは、本当に大変な作業である。昔の人たちは、本当に大したものだといつも感心する。
ところで、電気によって発生する電磁場を解消するためにはアース(接地)を取るのだが、これは電気機器と大地を電気的に接続することを意味している。
僕たち人間も、もちろん帯電している。つまり僕たち自身が微弱な電気的存在だとすると、僕たちが大地と接続することには大きな意味があるのかも知れない。
大地と接続すること。
作家ウィリアム・ギブソンのサイバーパンク小説『モナリザ・オーバードライブ』以降、接続という言葉はおよそ仮想空間へのジャックインの意として使われてきたが、身体と無意識の領域では、接続はさらに大きな意味をはらんでいる。大地と身体は相互換的であり、無意識は大地と秘密の通路によって結ばれている。その通路を垣間みる術は、僕たちに潜んでいる神話的思考と感受性によってもたらされるが、しかし、それは神話以上の何ものかでもある。
神話的思考は、僕たちを深く大地へ呼び寄せる。
神話的思考は、深く無意識に沈潜している。それが接続の鍵である。
大地へゆけ。
接続せよ。
久しぶりに、犬たちを森の散歩道へ連れていった。
しばらく来ない間に、ここにも圧倒的な夏が訪れていた。緑が覆いかぶさっている。
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